2007年、新年明けましておめでとうございます。昨年は皆様のお蔭様をもちまして、2期目の当選を果たすことができましたこと心より御礼申し上げます。年末の慌ただしい中、12月定例会も無事に終了し、新たな気持ちで新春を迎えさせていただきました。皆様の負託を得て4年間の期間をいただきましたので、期待に応えるべき全力を傾注したいと考えますので、皆様の旧に変わらぬご支援、ご協力をよろしくお願い申し上げます。
さて、昨年は小泉首相から安部政権への政権交代があり、その人気の高さと数を頼って矢継ぎ早に「教育基本法の改正」や「防衛庁から防衛省への昇格」などを進めています。しかし、その人気も閣僚の不祥事や決断力の不足が語られ、このところは下降気味に推移しているようです。また、いじめを原因とする子どもたちの連鎖的自殺、親が子を殺し、子が親を殺すような殺伐とした事件ばかりが目立ちました。一方海外に目を転じれば、イラクにおけるフセイン元大統領の死刑執行によるさらなる内戦状態の深刻化、北朝鮮による核拡散問題や拉致問題、世界的課題となっている温暖化による環境問題など、マイナス方向の事件・事故、諸問題のニュースは枚挙にいとまがありません。
昨今、大変気になることが一つあります。それは各メディアによる報道のあり方についてです。例えばいじめによる自殺が発生すれば各メディアがこぞってその原因や家族関係、友人関係、日々の生活から加害者の詮索、責任問題などを面白おかしく報道し、関係者へのプライバシーもおかまいなしに取材を進める姿勢が目立ちます。その結果連鎖反応のように次々と同様の自殺者が現れ、また同じような報道がなされていく。報道による連鎖反応であるとはもちろん断定はできませんが、少なからず影響を与えていることはまちがいありません。そしてそのような影響についてのコメントや反省をあまり聞いたことがありません。今般世間を騒がせている不二家の期限切れ材料使用による営業停止についても、代々続く老舗企業を完膚なきまでに追いつめたのは、やはりメディアであったと思います。もちろん、使用期限を偽った材料でお菓子を製造し、それを商品として消費者に平然として売っていた不二家の体質は裁かれねばならないことですし、私が常日頃から主張しているリスクマネジメントの視点がまさに欠けていたといえます。今はなき雪印乳業の教訓をどのように捉えていたのでしょうか。聞くところによれば不二家は直営、フランチャイズ合わせて700店舗以上あるそうです。社員の方は何人くらい働いているのでしょうか。不二家がもし倒産するようなことがあった場合、メディアの責任は問われないのでしょうか。先日は、フジテレビの人気番組「発掘、あるある大辞典」でのデータ捏造事件が報道されました。メディアにとって報道する事柄への真実性が問われることは正に憲法に違反するようなものではないでしょうか。しかし、結果的には番組の打ち切りと責任者の処分、制作会社の社長の辞任で矛を収めようとしています。不二家が全店営業停止、存続の危機を問われる内容とは、あまりにも差があるように思えてなりません。私は個人的に言って、期限切れのお菓子を販売した不二家と同等の処分がしかるべき、すなわち全店営業停止し、事の究明と再発防止が優先されるべきと考えます。ところが、不二家問題では各メディア総がかりで袋叩きにしたのに、フジテレビに対してはそのような動きもありません。このようなことは、あまりにも身内びいきであると感じてしまいます。それとも他局でも同じような要因を内包しているのではないかというのは、下衆の勘ぐりでしょうか。
いずれにしても、現在の社会ではメディア報道による世間への影響は大変大きいものがあることは間違いないところです。メディアが発する各種報道案件は、その報道ニュアンスによって世論が大きく左右されることを自覚して発表されるべきではないでしょうか。そして、各メディアが右へならえの同じような報道姿勢ではなく、各々の主張するところを明確にし、違う角度での意見や反証をする姿勢も重要なことではないでしょうか。
同様のことは政治の世界でも言えると思います。かくいう私もこのようにホームページを通して、ある種の報道をしているわけです。昨今はインターネットやメールという便利な伝達手段が発達し、ごく一般の人でも不特定多数の人々に瞬時のうちに幅広く伝達可能な時代となり、その弊害も現れてきています。すなわち匿名という言葉の暴力です。自己主張の手段としてどのような手法を取るにしても、自己の意見・主張には自覚と責任を持って臨みたいと考えております。
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